スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

隣の席の子の名前を覚えてきなさい。

僕は3年保育で幼稚園(保育園)に入れられた。
だから入園したときのことはまるっきり記憶に無い。
自分が入ったのは幼稚園なのか保育園なのかも定かではない。
最初は保育園で2年間は幼稚園だと言う話らしいけど不確からしい。

これは幼稚園に関するかなり古い記憶
たぶん入園して何ヶ月かたった頃の記憶だと思う。
「隣の席の子の名前を覚えてきなさい」
母親にそう言われた。
幼稚園で友達ができるどころか隣の席の子の名前を知らなかった。
僕は隣の子の名前が何であろうとどうでも良かった。
幼稚園はは僕にとって苦痛なところで時間が過ぎ去るのを
ひたすら待ち続けた。
あまりも母親がしつこく言うので仕方なく
隣の席の子の名前だけは覚えたけど
他の子とはまったく遊ばなかったし会話もなかったと思う。
スポンサーサイト

雨の日と車のおもちゃ

保育園の時の話
朝、雨の日は部屋に車の乗り物のおもちゃがあって
みんなそれに乗って遊んでいた。
僕はただそれをボーっと見ていた。
乗りたいけど乗せてと言えなかったんではなく
まったく乗りたいという気にならなかった。
車のおもちゃが何台も空いていても乗って遊ぶことはなかったと思う。
車のおもちゃが嫌いと言うわけではない。
もし家にそのおもちゃがあれば乗って遊んだと思う。
僕は保育園に行くと楽しいという気分が完全に消えてしまった。
昼休みの時間も同じで
他の子が遊んでいる時に園の隅にただ立っていた。
誰も自分に遊ぼうと話しかけてくれる子はいなかったし
自分も他の子のことを友達という感覚がなかった。

おばあちゃんと社交的な兄 内向的な弟 

小学校の2年までの話。
ちょっと遠くに住んでいる母方の祖母。
おばあちゃんは僕のことをかわいがってくれていて優しかったので
僕は、おばあちゃんが大好きだった。
ところがどうもあとから母親に聞くと僕とおばあちゃんの関係は少し微妙だったらしい。
3つ年上の兄はおばあちゃんの話を「うんうん」と素直に聞いていたけど
僕の場合
「もういいよ。 わかってるよ。 おばあちゃんしつこい。」
と言って話をまるで聞かなかったらしい。
おばあちゃんが兄に話してると
僕が「おばあちゃん おばあちゃん 僕の話を聞いてよ」って邪魔をする
そういうパターンだったようだ。
そう言えばおばあちゃんの話ってあまり聞いた覚えが無いな。
おばあちゃんの話す内容は嫁さん(おばあちゃんの息子(僕の母親の兄)の奥さん)の愚痴で
兄は嫁さんの愚痴を延々聞かされていたらしい。
僕はおばあちゃんのことは好きでも
おばあちゃんの話す嫁さんの愚痴には興味が無かったんだろう。

お遊戯

お遊戯の話

僕はそのお遊戯の内容があまりにもくだらなかったので
こんなことをしてるところを人に見られたら馬鹿だと思われる。
と思い踊らずにただ立っていた。
すると太ったおばさん(保育士)が僕に近づいてきて
「おい ○○ お前 なんで踊らないんだ。」と脅しをかけてきた。
その時、僕は
ここで正直に「馬鹿馬鹿しいから」と答えたら
このおばさんは余計に怒るだろうなと思い何も言わなかった。
そして何気なく横を見るとそこには。。。 続く

お遊戯2

前の話の続き
そして何気なく横を見るとそこには
目の前の女の子がそのくだらないお遊戯を僕に向かってノリノリで踊っていた。
なんでこの子は何でこんなくだらない踊りををノリノリで踊るんだろうと少し驚いた。
でも普段はどうしていたんだろう?
このお遊戯以外は普通に踊っていたんだろうか?
まったく記憶にないな。
お遊戯会の時は写真が残ってるから踊ってたのは間違いないんだけど。

お絵かきの時間

絵を書く時間
多分年少のときの話
太ったおばさんがみんなに向かって
「絵を書いたら見せにきなさい」と言ったので
僕が描いた絵を見せに行くと「下手だ」と言われてけなされた。
(確かに下手だったけどそれはないだろう。)
次の絵を書く時間のときに
他の子がそのおばさんに描いた絵を見せに並んでいるのを
後ろの席で見ていて 
「お前なんかに二度と見せに行くかよ」
と思っていたのをよく覚えている。
そのあと何度か絵を描く時間があったけど僕はずっと見せにいかなかった。
見せに来いと言われているのに見せに行かなかったから
「おまえ、何で見せにこないんだ」と怒りだすかな
と思ったけど結局、何も言われなかった。
どうやら奴は誰が見せにきてるかチェックしてるわけではなかったらしい。

緘黙になった原因

僕には心当たりがある。

それは幼稚園で一番辛かったこと。
給食を残さず食べろ。
時間内に食べれない子は
椅子を机代わりにして食べ終わるまで
教室の隅で正座して食べろ。

太ったおばさんが勝手に決めたのか園長が決めたのかわからないけど
とにかくそう言われた。
自分は体が小さく早生まれ
おまけに父親譲りの小食で途中で腹いっぱいになるため
時間内には食べきれずに結局、給食の時間が終わったあと
胃の中のものが消化するのを待ちながらちょっとずつちょっとずつ
食べるしかなかった。
(当時はなぜ食べれないのかわからなかった)
他にも時間内に食べれない子が毎回5人くらいいたけどその子達はせいぜい5分ぐらいで
食べ終わりどこかに行ってしまった。
掃除の時間が終わり 昼休み時間の半分くらいまでいつもただ一人だけ取り残されていた。
これは人目を気にする性格の自分には耐えがたい屈辱だった。
当然、僕は幼稚園に行くのを嫌がった。
親は何がなんでも幼稚園入れると良いと思い込んでいて
無理やり幼稚園に送りこんだ。

1仕方ないから幼稚園で食べようと努力する 
2食べれない 
3教室の隅に正座させられてただ一人取り残されて給食を食わされる。
4幼稚園に行くのを嫌がる。
5無理やり幼稚園に送り込まれる。

1に戻る2 3 4 5
1に戻る2 3 4 5
これの繰り返し
何度かこれが繰り返されたあと
もう僕は幼稚園に行くのを嫌がるのをやめた。
嫌がらなくなったのを見て親はようやく幼稚園に慣れたんだと思ったんだろう。
実際はどんなに嫌がっても無駄 幼稚園に行かないという方法はない
時間内に食べようとしても無駄
どうせ自分は努力してもだめな人間。
他の子より劣っただめな人間だから
自分ひとりだけ教室の隅に正座させられる
とにかく幼稚園にいるあいだ無理やり我慢すればいい。

緘黙になる原因のひとつ

心の底にふくらんだ拒否の心が、
自分のしたいことまで、
無意識のうちに拒否するために起こる。
拒否の心がふくらんだのは、
子供が、無視、否定、拒否
あるいは強制されつづけたから

僕は幼稚園(学校)を心理的に拒否していたんだと思う。

あんたの子どもは

かなり間が空いたけど緘黙になった原因の続き

給食を食べ終わるのはいつも掃除の時間が終わり
昼休みの半分ぐらいが過ぎた頃だった。
みんなどんな遊びをしていたのか自分は知らないけど
昼休み時間の遊びはちょうど盛り上がっている頃
みんなそれぞれの遊びに夢中で
僕が園庭にでても一緒に遊ぼうと話し掛けてくれる子は一人もいなかった。
僕も教室の隅に正座させられて給食を食わされて
食べ終わったからといって楽しい気分にはなれなかった。
自分は他の子より劣っただめな人間と言う気持ちもあり
おまけに周りの子は僕よりも二周りぐらい体が大きく
友達と言う感覚が無くなっていた。
毎日、昼休み園庭にでて他の子が遊ぶのをぼーっと見ていた。
一緒に遊びたいけど話しかけられないのではなくて
他の子と一緒に遊ぶと言う発想が無かった。
その様子を見た太ったおばさんは母親に向かってこう文句を言った。
「あんたの子どもは他の子と遊ばない」
この太ったおばさんは子どもに感情があるというのを知らないんだろう。
何事も無かったかのように普通に遊べる方が不思議だよ。

緘黙児と世話役

ひさしぶりに僕の子供時代の話
ほんとにうっすらとした記憶だからおそらく年少のとき?
緘黙の子は話せないため小さいときは
あれこれと世話を焼く子がつくことがあるらしい。
僕も幼稚園のときにそんな女の子がいました。
正直言って
迷惑でした。
その子が嫌いというわけではないけど
その子の行為はいやだった
イヤでもイヤといえないのが緘黙児
仕方なく我慢をしていた。
僕は自由人で人にあれやこれやと指図を受けるの嫌いなんですよね。

幼稚園にいじめはない?

よくある幼稚園経営者の言葉
これって間違ってる。
幼稚園にもいじめる奴はいる。
実際、僕はいじめられた。
昼休み時間 毎日のように追いかけられてひたすら逃げてたのを覚えている。
たぶん つかまったら何かされたから逃げていたんだと思うけど
何をされたのかまったく記憶にない。
緘黙で 話せない 友達もいない 体が極端に小さい 早生まれ
毎日、教室の隅に正座させられている落ちこぼれ

いじめるには最適の相手だったんだと思う。
言い訳はしたくないけど 
こんなのどうすればいいんだ。

幼稚園で自分にはどうにもならない状況にはまり込んでいってしまった気がする。

ブログランキング50位以内に入りました(*^_^*) ありがとうございます。
人気blogランキングへ

プール

幼稚園 プールの時間
所々覚えている記憶
とにかく怖かったのは覚えている。
そのあとプールの時間 何故か自分ひとりだけ見学していた。
親が見学させてくれと言ったのか?
僕が嫌がって面倒だから見学させたのかは定かではない。
あまり詳しくは覚えてはいないけど
母いわく プールの時間、兄も僕も泳げないから
幼稚園教諭はいじめるだけでまったく上達しなかったらしい。
この時のいやな記憶のおかげか小学生になって
プールの時間の前はかならずわき腹が痛くなった。
小学2年になって水泳を習い始めて泳げるようになり
そんなにプールの時間が苦痛に感じなくなっても
わき腹の痛みだけは小学校を卒業するまでは続いた。

人気ブログランキング おかげさまで40位になりました。
ありがとうございます。
人気blogランキングへ

幼稚園 最後の日

幼稚園を卒園する日の事を覚えている人いますか?
僕は覚えています。
卒園する子が園庭に散らばって歩いて
下級生が紙で作った輪を卒園する子の首にかけるというイベントがあった。
なぜそんなことを覚えているかというと
ちょっと記憶に残ることがあったから。
僕が歩いていると1人の男の子が前に来て
なぜか知らないけどその子の輪が切れていて
それでその子が
「切れているけどいい?」
と言った
僕は細かいこと気にしない性格なので
「うん いいよ」
って答えた・・・ 
あれ僕この時しゃべったんだろうか?
ただうなずいただけなんだろうか?
しゃべったような気がするんだけど
いまいち確証がないな。
しゃべったとすると僕の緘黙はまだこの時は
完全にハマってはいなかったのかも。

場面緘黙児への支援
今読んでいます。 しばらくしたら感想を書こうと思います。

ランキングおかげさまで40位以内に入っています。
ありがとうございます(*^_^*)
人気blogランキングへ
カテゴリー
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
場面緘黙児へのアプローチ
リンク
ブログ内検索
RSSフィード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。